プロ雀士としてMリーグで戦いながら、モデルやタレントとしても活躍している岡田紗佳さん。端正なルックスと170cmの長身だけでなく、頭の回転が速いことでも知られています。
そんな岡田紗佳さんの最終学歴は、青山学院大学卒業です。本人は全国模試で6位を取った経験も明かしており、学生時代から高い学力を持っていたことが分かります。
青山学院大学で学んだ学部・学科、出身高校、校名が公表されていない中学校、上海で過ごした小学校時代に加え、大学在学中のモデル活動や、学歴と現在の活動につながるエピソードも紹介します。
岡田紗佳の学歴まとめ
岡田紗佳さんは、上海の現地小学校に通ったあと、日本へ帰国して中学校へ進学しました。その後、高校受験で青山学院高等部に合格し、青山学院大学を卒業しています。
まず、現在確認できる主な学歴は次のとおりです。
| 最終学歴 | 青山学院大学卒業 |
| 大学 | 青山学院大学国際政治経済学部 |
| 学科 | 国際コミュニケーション学科 |
| 高校 | 青山学院高等部 |
| 中学校 | 帰国後に日本の中学校へ進学・校名は非公表 |
| 小学校 | 上海の現地小学校・校名は非公表 |
| 学生時代の成績 | 全国模試6位の経験を本人が公表 |
高校と大学は本人発信や企業の公式情報で確認できますが、小学校と中学校の具体的な学校名は公表されていません。
最終学歴は青山学院大学卒業
岡田紗佳さんの最終学歴は、青山学院大学国際政治経済学部卒業です。
大学在学中にはファッション誌『non-no』の専属モデルを務め、学業と芸能活動を両立しました。
ソニーネットワークコミュニケーションズの公式発表には、青山学院大学国際政治経済学部国際コミュニケーション学科卒と掲載されています。
岡田紗佳のプロフィール
岡田紗佳さんの基本プロフィールは次のとおりです。
| 項目 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 名前 | 岡田紗佳 | おかだ・さやか |
| 生年月日 | 1994年2月19日 | 32歳(2026年7月時点) |
| 出身地 | 東京都 | 6歳から12歳まで上海で生活 |
| 身長 | 170cm | モデルとしても活動 |
| 血液型 | O型 | 公開プロフィールに記載 |
| 出身高校 | 青山学院高等部 | 高校受験で進学 |
| 出身大学 | 青山学院大学 | 国際政治経済学部卒業 |
| 職業 | プロ雀士・モデル・タレント | 日本プロ麻雀連盟所属 |
| 所属チーム | KADOKAWAサクラナイツ | Mリーグで活動 |
身長や語学、所属チームなどの現在のプロフィールは、所属事務所の公式プロフィールに掲載されています。
岡田紗佳さんは青山学院大学に在籍しただけでなく、大学を卒業したことまで公式情報で確認できます。
岡田紗佳の出身大学は青山学院大学
岡田紗佳さんは、青山学院大学国際政治経済学部国際コミュニケーション学科を卒業しています。大学在学中には、すでにモデルやテレビ出演の仕事を始めていました。
- 青山学院大学へ進学
- 国際政治経済学部国際コミュニケーション学科に在籍
- 大学在学中に『non-no』専属モデルとして活動
- 朝の情報番組、授業、撮影を両立
- 企業の公式発表で大学卒業を確認
国際政治経済学部国際コミュニケーション学科を卒業
岡田紗佳さんが在籍していたのは、青山学院大学の国際政治経済学部国際コミュニケーション学科です。
一部で「国際政治経営学部」と書かれることがありますが、正しい学部名は国際政治経済学部です。
青山学院大学の学科公式ページによると、国際コミュニケーション学科では、人と人、人と社会、社会と社会のコミュニケーションを多角的に学びます。
岡田紗佳さんは、日本語に加えて上海語や北京語を話し、英語も特技として公表しています。幼少期を上海で過ごした経験ともつながりの深い進路だったことがうかがえます。
学部名は「国際政治経済学部」、学科名は「国際コミュニケーション学科」です。
青山学院大学の偏差値はどのくらい?
青山学院大学国際政治経済学部の偏差値は、年度や入試方式、模試によって異なります。
パスナビが2026年7月に更新した2027年度入試向けデータでは、国際政治経済学部の偏差値は60.0~65.0です。国際コミュニケーション学科は、入試方式によって62.5または65.0と掲載されています。
ただし、岡田紗佳さんは青山学院高等部から大学へ進学しています。現在の一般選抜の偏差値は、本人が進学した当時の難易度や進学方法を直接示す数値ではありません。
大学時代はモデル活動と学業を両立
岡田紗佳さんは、大学在学中から本格的に芸能活動を行っていました。
高校3年生のときに芸能事務所からスカウトされ、2011年に「第43回non-noモデルオーディション」でグランプリとクリニーク賞を受賞。翌年から『non-no』の専属モデルとして活動しています。
大学在学中は、朝の情報番組へ出演してから大学へ向かい、授業後に撮影へ参加する生活も送っていました。忙しさから学校で寝てしまうこともあったと本人が振り返っています。
華やかなモデル活動の裏で授業と撮影を両立し、青山学院大学を卒業しました。仕事を続けながら、学業も最後までやり遂げています。
岡田紗佳の出身高校は青山学院高等部
岡田紗佳さんの出身高校は、東京都渋谷区にある青山学院高等部です。
青山学院大学の系列校として知られる私立高校で、岡田紗佳さんは高校受験を経て進学しました。
- 高校受験で青山学院高等部に合格
- 全国模試で6位を取った経験を公表
- 高校3年生で芸能事務所からスカウト
- 『non-no』モデルオーディションでグランプリを獲得
青山学院高等部を選んだ理由は芸能界への憧れ
岡田紗佳さんが青山学院高等部を目指した理由には、芸能界への憧れが関係していました。
中学生の頃、友人からモデルを勧められたことをきっかけに、モデルの仕事に興味を持つようになったそうです。しかし、両親は芸能界入りにすぐ賛成したわけではありませんでした。
そこで、芸能事務所から声をかけられる機会がありそうな渋谷区の有名私立高校を目指し、青山学院高等部に合格しました。
実際に高校3年生でスカウトされており、難関高校への進学とモデルデビューの両方を自分の努力で実現しています。
全国模試で6位を取ったことがある
岡田紗佳さんは、全国模試で6位を取った経験があると本人が明かしています。
2026年6月13日放送の『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』で青山学院大学出身だと話した際、「私、全国模試6位取ったことあります」と発言したことが、ORICON NEWSで報じられました。
どの学年で受けた模試なのか、科目や模試名までは明らかにされていません。ただし、全国で6位という成績を取った経験は、本人の番組発言として確認できます。
高校3年生で事務所からスカウト
岡田紗佳さんは、高校3年生の夏に現在の所属事務所からスカウトされました。
その後、「第43回non-noモデルオーディション」に応募し、グランプリとクリニーク賞を受賞しています。高校時代に思い描いていたモデルへの道が現実になりました。
高校時代はヴィジュアル系バンドに夢中だったことも明かしており、勉強だけでなく、音楽やファッションにも関心を持っていました。
岡田紗佳さん本人が、上海で過ごした小学校時代や中学・高校時代、プロ雀士になるまでの経歴をYouTubeで語っています。
岡田紗佳の中学校名は公表されている?
岡田紗佳さんは、上海での生活を終えたあと、日本の中学校へ進学しました。
本人や所属先の公式プロフィールでは、具体的な中学校名は公表されていません。
- 上海から日本へ帰国して中学校へ進学
- 帰国直後は日本語の読み書きに苦労
- 中国で学んだ数学と英語は得意だった
- 年間約100冊の読書で国語力を伸ばした
- 中学時代にモデルへの憧れを持つようになった
中学校名は公表されていない
岡田紗佳さん本人が語っているのは、上海から帰国後に日本の中学校へ通ったことや、当時の勉強に関するエピソードです。
具体的な学校名を確認できる本人発信、所属先の公式プロフィール、主要報道は見当たりません。
出身中学校について公式に確認できるのは、帰国後に日本の中学校へ通ったことまでです。具体的な学校名は公表されていません。
帰国後は日本語の漢字に苦労
岡田紗佳さんは、中国で6年間生活して中国語を身につけた一方、日本語をかなり忘れていたそうです。
日本へ戻る前には、日本語も話せる中国人の家庭教師から約3か月間指導を受けました。特に苦労したのが、日本と中国で形の異なる漢字でした。
中学校では、中国で学んだ数学と英語の成績は良かったものの、日本語の文章を読んだり書いたりすることには苦手意識がありました。
そこで、『涼宮ハルヒの憂鬱』や〈物語〉シリーズなどのライトノベルを読むようになります。KADOKAWAの本人インタビューによると、年間約100冊を読むようになり、徐々に国語力が身についたそうです。
苦手だった日本語を、好きな本を読むことで身につけていったことが分かるエピソードです。
岡田紗佳の小学校は上海の現地校
岡田紗佳さんは、6歳から12歳まで中国・上海で生活していました。
東京都で生まれ、6歳までは両親と暮らしていましたが、中国語を学ぶために上海へ移り、中国人の祖母と2人で生活しています。
通っていたのは上海の現地小学校です。具体的な学校名は公表されていません。
中国語が話せない状態で上海へ移住
岡田紗佳さんは上海へ移った当初、中国語をまったく話せませんでした。
一緒に暮らす祖母は日本語を話せなかったため、最初は身近な家族とも十分に意思疎通ができなかったそうです。それでも半年ほど経つ頃には、日常会話を問題なくこなせるまで中国語が上達しました。
言葉も文化も違う環境で身につけた中国語は、その後のモデルやタレント活動でも大きな強みになっています。
宿題が終わるのは夜10時だった
上海で通っていた小学校は教育が厳しく、岡田紗佳さんは勉強中心の毎日を送っていました。
宿題の量が非常に多く、学校から帰宅して取り組んでも、終わるのは夜10時頃だったそうです。宿題は終わらせるだけではなく、家族に内容を確認してもらい、サインとコメントを添えて提出する決まりがありました。
岡田紗佳さんは、この小学生時代の経験によって、努力することへの抵抗がなくなったと振り返っています。高校受験やモデル活動、プロ雀士としての練習を続けられた背景には、上海で培った勉強習慣がありました。
上海の小学校で続けた厳しい勉強が、努力を特別なことだと感じない現在の姿勢につながっています。
岡田紗佳の学歴が現在の活動につながっている
岡田紗佳さんの学歴を見ると、学校名だけではなく、それぞれの時期に身につけた経験が現在の活動へつながっていることが分かります。
上海の小学校では中国語と努力する習慣を身につけ、日本の中学校では読書によって国語力を伸ばしました。高校では芸能界への道を自分で切り開き、大学では学業とモデル活動を両立しています。
日本語・中国語・英語を生かして活動
岡田紗佳さんは、日本語に加えて上海語や北京語を話すことができます。英語も特技として公式プロフィールに掲載されています。
幼少期を上海で過ごしたことで中国語を日常生活の中で習得し、日本へ帰国してからは読書を重ねて日本語の読み書きを身につけ直しました。
大学では国際コミュニケーションを学び、異なる文化や社会の間で行われるコミュニケーションに関する知識を深めています。複数の言語と文化に触れてきた経験は、テレビ出演やプロ雀士としての発信にも生かされています。
大学時代の麻雀アプリがプロへの転機
岡田紗佳さんは、上海に住んでいた頃から、祖母の家で大人たちが麻雀を打つ姿を見ていました。
その後、大学生とモデルの仕事を両立していた時期に、モデル仲間からスマートフォンの麻雀アプリを教えてもらいます。撮影の待ち時間に遊び始めたことで、麻雀の面白さに再び目覚めました。
2017年に日本プロ麻雀連盟へ所属し、2019年にはMリーグのKADOKAWAサクラナイツから指名されています。
現在は日本プロ麻雀連盟四段として活動しています。日本プロ麻雀連盟公式オンライン麻雀サイト「龍龍」には、女流プロ麻雀日本シリーズ2022・2024優勝などの実績も掲載されています。
上海での原体験と大学時代の麻雀アプリとの出会いが、プロ雀士という現在の仕事につながりました。
語学力、勉強習慣、モデル活動、麻雀との再会が重なり、現在のプロ雀士・タレントとしての活動につながっています。
岡田紗佳の学歴に関するまとめ
岡田紗佳さんの学歴と、学生時代に経験した主な出来事は次のとおりです。
【学歴トピ!まとめ】
- 最終学歴は青山学院大学卒業
- 国際政治経済学部国際コミュニケーション学科に在籍
- 出身高校は青山学院高等部
- 全国模試6位の経験を本人が公表
- 中学校名は非公表
- 小学校時代は上海の現地校に通学
- 年間約100冊の読書で日本語力を向上
- 大学在学中にモデル活動と学業を両立
青山学院大学卒業という学歴の裏には、言葉の壁を乗り越えた経験や、夢を実現するために高校受験へ取り組んだ努力がありました。学生時代に培った語学力と継続力が、プロ雀士やタレントとして活躍する現在の岡田紗佳さんを支えています。
