魚に関する豊富な知識と親しみやすい解説で知られる、魚類学者・タレント・イラストレーターのさかなクン。2026年7月時点では、さかなクン公式プロフィールに、東京海洋大学の名誉博士・客員教授として掲載されています。
大学教授という肩書きから、東京海洋大学を卒業していると思われることもあります。しかし、さかなクンは大学へは進学していません。出身高校は神奈川県立綾瀬西高等学校で、高校卒業後は東京にあった動物専門学校へ進みました。憧れていた水産大学の入試には合格できなかったことも明かされています。
小学校・中学校・高校から専門学校までの学歴に加え、学生時代の魚にまつわるエピソード、大学に進学しなかった経緯、東京海洋大学の名誉博士・客員教授になるまでの歩みを紹介します。
さかなクンの学歴まとめ|最終学歴は専門学校
さかなクンは、神奈川県綾瀬市内の小学校・中学校から県立高校へ進み、その後、東京にあった動物専門学校を卒業しています。現在確認できる主な学歴は次のとおりです。
| 最終学歴 | 動物専門学校卒業 |
| 出身高校 | 神奈川県立綾瀬西高等学校 |
| 大学 | 進学していない |
| 出身中学校 | 綾瀬市立北の台中学校 |
| 出身小学校 | 綾瀬市立北の台小学校 |
| 現在の肩書き | 東京海洋大学名誉博士・客員教授 |
大学には進学していませんが、魚に関する研究や普及活動が評価され、後に東京海洋大学の教員となりました。
さかなクンの学歴一覧
| 学校区分 | 学校名・進路 | 学生時代の主な出来事 |
|---|---|---|
| 小学校 | 綾瀬市立北の台小学校 | 小学2年生ごろからタコや魚に夢中になる |
| 中学校 | 綾瀬市立北の台中学校 | 吹奏楽部に所属し、カブトガニの人工ふ化に成功 |
| 高校 | 神奈川県立綾瀬西高等学校 | 「TVチャンピオン」の全国魚通選手権に挑戦 |
| 専門学校 | 東京・渋谷にあった動物専門学校 | 水族館で実習し、魚の飼育を現場で学ぶ |
| 大学 | 進学していない | 水産大学の一芸入試に挑戦したものの不合格 |
| 現在の肩書き | 東京海洋大学名誉博士・客員教授 | 魚類研究、教育、講演、海洋環境の普及活動に携わる |
綾瀬市公式サイトでは、北の台小学校と北の台中学校をさかなクンの出身校と紹介しています。高校卒業後に動物専門学校へ進み、卒業後は熱帯魚店や寿司店などで働いていたことは、日本私立大学協会の本人インタビューで確認できます。
最終学歴は大学ではなく専門学校
確認できる経歴では、さかなクンの最終学歴は専門学校卒業です。
本人へのインタビューでは、高校卒業後に「魚の研究をもっとしてみたい」という思いから、東京・渋谷にあった動物専門学校へ進んだと紹介されています。夏休みには静岡県や東京都の水族館で実習し、魚の飼育に関する実践的な経験を積みました。
専門学校では、魚の飼育や水温の管理、水槽の清掃などを現場で学んでいます。大学を卒業していなくても、魚について学ぶ姿勢を止めなかったことが、その後の研究活動につながりました。
専門学校の正式名称を「日本動物植物専門学院」、所属学科を「アニマルケアー科」とする情報もありますが、今回確認できた本人インタビューでは、正式な学校名や学科までは明記されていません。
さかなクンのプロフィール
| プロフィール項目 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 活動名 | さかなクン | 「クン」はカタカナが公式表記 |
| 生年月日 | 1975年8月6日 | 2026年7月時点で50歳 |
| 出身地 | 東京都 | 神奈川県綾瀬市で育つ |
| 居住地 | 千葉県館山市 | 公式プロフィールで掲載 |
| 職業 | 魚類学者・タレント・イラストレーター | 講演や執筆活動も行う |
| 最終学歴 | 動物専門学校卒業 | 大学には進学していない |
| 大学での肩書き | 東京海洋大学名誉博士・客員教授 | 学生として進学した経歴ではない |
さかなクンは東京都で生まれ、神奈川県綾瀬市で学生時代を過ごしました。現在は千葉県館山市を生活や研究活動の拠点の一つとしています。
さかなクンの出身高校は神奈川県立綾瀬西高等学校
さかなクンの出身高校は神奈川県立綾瀬西高等学校です。高校時代から魚に関する知識は豊富で、テレビ番組への出演をきっかけに、その才能が広く知られるようになりました。
綾瀬西高校の卒業生として公式発信に登場
神奈川県立綾瀬西高等学校は、神奈川県綾瀬市早川にある県立高校です。学校の公式Instagramの投稿でも、さかなクンを「本校卒業生」と紹介しています。
| 学校情報 | 内容 |
|---|---|
| 学校名 | 神奈川県立綾瀬西高等学校 |
| 所在地 | 神奈川県綾瀬市早川 |
| 学校区分 | 公立・共学 |
| 課程・学科 | 全日制・普通科 |
| 創立 | 1983年 |
所在地や課程、学科などの現在の学校情報は、綾瀬西高等学校の公式サイトに掲載されています。
綾瀬西高校の偏差値は、民間の高校情報サイトに掲載されることがあります。ただし、偏差値は年度や模試によって変動するため、さかなクンが在学していた当時の難易度を示す確定情報ではありません。
高校3年生で「TVチャンピオン」に挑戦
さかなクンは高校3年生のとき、テレビ東京系で放送されていた「TVチャンピオン」の全国魚通選手権に出場しました。
その後も同大会への出場を続け、全国魚通選手権で5連覇を達成。魚の名前だけでなく、生態や特徴、料理方法まで幅広く知っている姿が注目されました。
高校生の段階ですでに、一般的な魚好きの範囲を大きく超えていたことが伝わるエピソードです。
高校時代も魚を中心に生活していた
さかなクンは小学生のころから魚屋や水族館へ頻繁に通い、魚を観察しては絵に描いていました。その情熱は高校に進学してからも変わらず、魚の観察や飼育に多くの時間を使っていたといいます。
魚を見たときの印象だけでなく、触った感触や匂い、食べたときの味まで五感で確かめ、正確に伝えることを意識してきたと本人は語っています。
教科書だけで知識を得たのではなく、魚屋、水族館、海、料理店などの現場で学び続けた経験が、現在の研究や解説活動にもつながっています。
さかなクンは大学に進学していない
さかなクンは大学へ進学していません。現在は東京海洋大学の客員教授を務めていますが、学生として同大学に進学した経歴ではありません。
高校卒業後に水産大学の入試へ挑戦したものの合格には至らず、動物専門学校へ進みました。専門学校卒業後も魚に関係する仕事を続け、後に東京海洋大学から教員就任の要請を受けています。
水産大学の一芸入試を受験していた
さかなクンが目指していたのは、水産分野を専門的に学べる大学でした。
講談社による自叙伝の紹介記事では、憧れていた水産大学の一芸入試へ挑戦したものの、合格には至らなかったことが紹介されています。当時は人前で話すことが苦手で、面接で魚への思いをうまく伝えられなかったことも明かされています。
受験した学校を東京水産大学とする情報もありますが、今回確認できた本人関連の資料では「水産大学」と記されており、正式な受験校名までは確認できませんでした。
東京海洋大学は、2003年に東京水産大学と東京商船大学が統合して発足しました。大学の沿革は、東京海洋大学の大学概要に掲載されています。
本人関連の資料で確認できる表記は「水産大学」です。受験した大学を東京水産大学と断定できる公式情報は、今回の確認では見当たりませんでした。
専門学校では水族館実習を経験
水産大学の入試後、さかなクンは東京・渋谷にあった動物専門学校へ進みました。
専門学校では、静岡県や東京都にある水族館で実習を経験しています。魚の飼育、水温の管理、水槽の清掃など、現場で必要になる作業を学びました。
実習中に思うように作業できないこともあったといいますが、魚への興味は薄れず、卒業後も魚に関係する仕事を選び続けました。
専門学校卒業後は熱帯魚店や寿司店で勤務
専門学校卒業後、さかなクンは熱帯魚店や寿司店などで働いていました。
寿司店では、店主から魚のイラストを描いてほしいと頼まれ、マグロやマンボウなどを店内に描いたところ評判になりました。別の飲食店からも依頼が入るようになり、魚専門のイラストレーターとして活動するきっかけになったといいます。
大学受験に合格できなかったあとも魚に関わる場所から離れなかったことが、その後の大きな転機につながりました。
さかなクンの出身中学校・小学校
さかなクンは、神奈川県綾瀬市にある北の台小学校と北の台中学校に通っていました。綾瀬市も、両校をさかなクンの出身校と明記しています。
出身中学校は綾瀬市立北の台中学校
さかなクンの出身中学校は、綾瀬市立北の台中学校です。
中学校では吹奏楽部に所属していました。入部した理由として、「水槽が並んでいる部活動だと思った」という、さかなクンらしいエピソードも語られています。
実際には音楽の吹奏楽部でしたが、魚の飼育と部活動の両方に取り組んでいました。
中学3年生でカブトガニの人工ふ化に成功
中学時代の大きな出来事が、カブトガニの人工ふ化です。
学校で飼育していたカブトガニを大切に育て、水族館の飼育員に育て方を聞きながら世話を続けました。そして中学3年生のとき、19匹の人工ふ化に成功し、新聞にも取り上げられたといいます。
中学校の理科室で試行錯誤を重ねていた経験からも、現在の魚類研究につながる探究心が、すでにこのころから育っていたことが分かります。
出身小学校は綾瀬市立北の台小学校
さかなクンの出身小学校は、綾瀬市立北の台小学校です。
子供のころは目立つタイプではなく、静かに絵を描くことが好きな少年でした。最初はトラックやごみ収集車、妖怪などを描いていましたが、小学2年生のときに友人が描いたタコの絵を見たことで、海の生き物に興味を持ち始めます。
小学2年生からタコと魚に夢中になった
友人の絵をきっかけにタコの存在を知ったさかなクンは、図書館で詳しく調べ、母親に魚屋へ連れて行ってもらいました。
購入したイイダコの吸盤を数えながら絵を描いたり、水族館でタコが姿を現すまで長時間待ったりしていたそうです。その後は魚にも興味が広がり、魚屋や水族館へ繰り返し足を運ぶようになりました。
小学校の卒業文集には、将来の夢として水産大学の先生になり、研究したことを多くの人に伝えたいと書いていました。後に東京海洋大学の教員となったことを考えると、子供のころの夢を別の形で実現したことになります。
大学を卒業していないさかなクンが東京海洋大学の教授になれた理由
さかなクンが東京海洋大学の客員教授になったのは、大学を卒業したからではなく、長年の研究・教育・普及活動が評価されたためです。
魚類に関する実践的な知識、調査研究への貢献、魚や海洋環境について社会へ伝える力が認められ、大学から教員就任の要請を受けました。
2006年に東京海洋大学客員准教授へ就任
さかなクンは2006年に東京海洋大学の客員准教授へ就任しました。
本人インタビューによると、マグロに関するシンポジウムで同大学の副学長と隣り合わせになったことがきっかけです。魚に関する活動や知識が評価され、「大学で一緒に研究できたらいい」と声をかけられ、その後、正式な就任要請を受けました。
小学校の卒業文集に書いた「水産大学の先生になる」という夢が、思いがけない形で現実になりました。
クニマスの生息確認にも貢献
さかなクンは2010年、絶滅したと考えられていたクニマスの生息確認に貢献しました。
京都大学の研究者からクニマスのイラスト制作を依頼された際、各地から取り寄せた近縁種のヒメマスを細かく観察。魚の特徴に違和感を覚えたことが、クニマスの再発見につながりました。
魚の絵を正確に描くため、ひれの棘やうろこ、側線にある穴の数まで確認していたことが、学術的な発見を支えています。
2015年に東京海洋大学から名誉博士を授与
2015年3月、さかなクンは東京海洋大学から名誉博士の称号を授与されました。
クニマスの生息確認への貢献、魚や海洋環境に関する普及活動、著作や講演を通じた水産・海洋分野への貢献などが評価されたものです。
この名誉博士は、大学院の博士課程を修了して取得した学位ではありません。東京海洋大学が、それまでの功績をたたえて授与した称号です。
さかなクンは東京海洋大学の博士課程を修了したのではなく、魚類研究や普及活動などの功績によって名誉博士を授与されています。
2022年に客員教授へ昇任
さかなクンは客員准教授を長く務めたあと、2022年に東京海洋大学の客員教授へ昇任しました。
公式サイトの客員教授昇任のお知らせでは、客員准教授から客員教授へ昇任したことが発表されています。
大学受験では合格できなかったものの、魚への情熱を持ち続けた結果、憧れていた水産分野の大学で客員教授になりました。さかなクンの学歴で印象的なのは、学校名以上に、好きなことを学び続けて専門性を築いた経歴です。
さかなクンの学歴に関するまとめ
さかなクンの出身校や大学進学、東京海洋大学との関係について、重要なポイントをまとめます。
【学歴トピ!まとめ】
- 出身小学校は綾瀬市立北の台小学校
- 出身中学校は綾瀬市立北の台中学校
- 出身高校は神奈川県立綾瀬西高等学校
- 最終学歴は動物専門学校卒業
- 大学には進学していない
- 受験した水産大学の正式名称は確認できず
- 2015年に東京海洋大学名誉博士を授与
- 2022年に東京海洋大学客員教授へ昇任
さかなクンは大学を卒業していませんが、魚を観察し、飼育し、描き、食べ、伝えるという学びを長年続けてきました。
学校での進路だけでは測れない専門性を築き、子供のころに憧れた水産大学の先生になる夢を、東京海洋大学の客員教授という形で実現しています。
