パリオリンピック柔道女子48kg級で金メダルを獲得した角田夏実さん。巴投げから寝技へつなぐ独自のスタイルや、30代でオリンピック初出場を果たした遅咲きの経歴でも注目されました。
角田夏実さんの最終学歴は、東京学芸大学卒業です。地元・千葉県八千代市の小学校と中学校を経て、柔道の強豪校として知られる千葉県立八千代高校へ進学しました。
東京学芸大学へ進んだ理由や大学時代の成績に加え、八千代高校で柔道を辞めようとした経験、中学時代に全国大会で敗れた悔しさ、小学生で柔道を始めたきっかけまで紹介します。
角田夏実の学歴まとめ
角田夏実さんの出身校と学生時代の主な出来事は、次のとおりです。
| 最終学歴 | 東京学芸大学卒業 |
| 大学 | G類生涯スポーツを2015年に卒業 |
| 高校 | 千葉県立八千代高等学校卒業 |
| 中学校 | 八千代市立勝田台中学校卒業 |
| 小学校 | 八千代市立勝田台小学校卒業 |
| 学生時代 | 大学3年生で学生日本一を達成 |
八千代市公式プロフィールには、勝田台小学校、勝田台中学校、八千代高校、東京学芸大学を卒業したことが掲載されています。
角田夏実の最終学歴は東京学芸大学卒
角田夏実さんの最終学歴は、東京学芸大学G類生涯スポーツ卒業です。
東京学芸大学は東京都小金井市にある国立大学です。角田夏実さんは、スポーツの指導や支援などを学ぶG類生涯スポーツに在籍していました。
東京学芸大学の公式発表では、角田夏実さんが2015年にG類生涯スポーツを卒業したことが確認できます。
大学では柔道部に所属し、3年生だった2013年に全日本学生柔道体重別選手権の女子52kg級で優勝しました。高校時代まで全国大会で優勝できなかった角田夏実さんにとって、大学でつかんだ大きな全国タイトルです。
中学・高校でも全国大会に出場
角田夏実さんは、中学2年生で全国大会に出場しています。しかし、初戦開始から13秒で敗れ、ほとんど何もできないまま大会を終えました。
この敗戦をきっかけに、「もっと練習すれば強くなれるかもしれない」と本格的に柔道へ取り組むようになります。
千葉県立八千代高校へ進学した後は、高校2年生だった2009年のインターハイ女子52kg級で3位に入りました。高校3年生だった2010年には、全国高等学校選手権大会でベスト8に進んでいます。
オリンピック金メダリストと聞くと、子供の頃から負け知らずだったように感じますよね。角田夏実さんは、学生時代の敗戦や悩みを一つずつ乗り越えながら成長した選手です。
角田夏実のプロフィール
| 項目 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 名前 | 角田夏実 | つのだ・なつみ |
| 生年月日 | 1992年8月6日 | 2026年7月時点で33歳 |
| 出身地 | 千葉県八千代市 | 小学校から高校まで地元の学校を卒業 |
| 最終学歴 | 東京学芸大学卒業 | G類生涯スポーツ |
| 競技 | 柔道 | 48kg級・52kg級で活躍 |
| 得意技 | 巴投げ・寝技 | 巴投げから関節技へつなぐ形が特徴 |
| 主な実績 | パリ五輪金メダル | 世界選手権48kg級3連覇 |
| 所属 | SBC湘南美容クリニック | 第一線を退く表明時の所属 |
| 現在 | 競技の第一線を退く | 2026年1月に表明 |
角田夏実さんは2026年1月、競技の第一線を退くことを表明しました。今後は日本代表として活動せず、全日本柔道連盟へ強化指定選手辞退届を提出したことも明らかにしています。
角田夏実の大学は東京学芸大学
角田夏実さんにとって、東京学芸大学で過ごした4年間は、柔道との向き合い方が大きく変わった時期です。
強豪校とは異なる自主性を重んじる環境で、自分の得意技や練習方法を見つめ直しました。
東京学芸大学へは推薦入試で進学
角田夏実さんは、千葉県立八千代高校を卒業後、推薦入試で東京学芸大学へ進学しました。
東京学芸大学公式ウェブマガジンでも、推薦入試で入学し、柔道部で競技の楽しさを再発見したことが紹介されています。
高校時代には、厳しい練習を続けても全国大会で優勝できなかったことから、柔道を辞めることも考えていました。将来はケーキ屋さんになりたいと思い、製菓系の専門学校への進学も検討していたそうです。
しかし、高校の柔道部顧問から柔道を続けるよう勧められ、大学進学を選びました。東京学芸大学が国立大学だったことも進学理由の一つだったと、THE ANSWERのインタビューで振り返っています。
オリンピック金メダリストが、一度はケーキ屋を目指していたのは意外ですよね。高校卒業時の進路選択が、その後の競技人生を左右する大きな転機になりました。
G類生涯スポーツで学んだ
角田夏実さんは、東京学芸大学のG類生涯スポーツに在籍していました。
大学でスポーツを専門的に学びながら柔道部で競技を続け、2015年にG類生涯スポーツを卒業しました。卒業後は了徳寺学園に入り、柔道選手として活動しています。
強豪ではない環境で柔道が好きになった
東京学芸大学は、角田夏実さんが入学した当時、女子柔道の全国的な強豪校ではありませんでした。
同学年の女子部員がおらず、練習を一方的に課される環境でもなかったそうです。しかし、自分に必要なことを考えて取り組める環境が角田夏実さんには合っていました。
射手矢岬さんの指導を受け、自分の特徴を生かす柔道を受け止めてもらえたことで、競技の面白さを感じられるようになったと振り返っています。
角田夏実さんは、立ち技だけでなく寝技や関節技を得意としていました。大学で自分の特色を生かす練習を続けたことが、後に世界で勝つための武器につながっています。
高校時代には辞めたいと思っていた柔道を、大学で好きになれたことは大きな変化です。環境が変わったことで、角田夏実さん本来の強みが引き出されました。
大学3年生で全日本学生選手権優勝
大学3年生だった2013年、角田夏実さんは全日本学生柔道体重別選手権の女子52kg級で優勝しました。
SBC東京医療大学柔道部の選手紹介にも、2013年の全日本学生体重別選手権52kg級で優勝した成績が掲載されています。
決められた練習をこなすだけではなく、自分に必要な練習や技を考えるようになったことが成長につながりました。
角田夏実さんの代名詞となった巴投げから寝技への連係も、大学時代に磨かれたスタイルです。大学進学によって柔道を続けただけでなく、自分に合った勝ち方を見つけられたことが、その後の活躍につながりました。
角田夏実の高校は千葉県立八千代高校
角田夏実さんの出身高校は、千葉県立八千代高等学校です。
八千代高校は千葉県八千代市にある県立高校で、柔道をはじめとする部活動が盛んな学校として知られています。角田夏実さんは、より本格的に柔道へ取り組むために同校へ進学しました。
柔道で強くなるため八千代高校へ進学
角田夏実さんは、中学時代に全国大会へ出場したことをきっかけに、さらに強い環境で練習したいと思うようになりました。
進学先として選んだのが、全国大会の常連だった地元の八千代高校です。高校入学時には「強くなりたい」という明確な気持ちを持ち、柔道部で厳しい練習に取り組みました。
卒業後も母校や地元とのつながりが続いており、パリオリンピック出場前には八千代高校で壮行会が開かれています。
高校2年生でインターハイ3位
角田夏実さんは、高校2年生だった2009年のインターハイ女子52kg級で3位に入りました。
高校3年生だった2010年には、全国高等学校選手権大会でベスト8に進んでいます。全国大会で安定して勝ち進んでいたものの、目標としていた優勝には届きませんでした。
全国大会で3位に入るだけでも十分にすごい成績ですが、本人が目指していたのは優勝でした。高い目標を持っていたからこそ、届かなかった悔しさも大きかったのでしょう。
柔道を辞めてケーキ屋を目指した時期も
高校時代の角田夏実さんは、厳しい練習を続けても全国優勝できなかったことで、柔道を辞めたいと考えていました。
柔道から離れ、ケーキ屋さんになるために製菓系の専門学校へ進むことも考えていたと明かしています。
高校の顧問から柔道を続けるよう勧められたことで、東京学芸大学へ進む道につながりました。
顧問の言葉がなければ、柔道家としての角田夏実さんは誕生していなかったかもしれません。高校卒業時の進路選択は、人生の大きな分岐点でした。
角田夏実の中学校は勝田台中学校
角田夏実さんが卒業した中学校は、八千代市立勝田台中学校です。
八千代市の公式プロフィールに、勝田台中学校卒業と掲載されています。入学時期や転校歴について、本人や八千代市から詳しい情報は公表されていません。
中学2年生で全国大会に出場
中学2年生になると県大会で優勝し、全国大会への出場を果たしました。
ところが、全国大会では初戦開始から13秒で敗退。待ち望んでいた全国の舞台で、ほとんど何もできないまま試合が終わってしまいました。
角田夏実さんは、この敗戦によって強い悔しさを感じました。同時に、「もっと練習すれば上を目指せるかもしれない」と思うようになったそうです。
敗戦をきっかけに柔道への意欲を失うのではなく、さらに練習へ打ち込んだところに、角田夏実さんの負けず嫌いな一面が表れています。
角田夏実の小学校は勝田台小学校
角田夏実さんの出身小学校は、八千代市立勝田台小学校です。
柔道を始めたのは小学2年生のときでした。最初からオリンピック選手を目指していたわけではなく、父親の勧めをきっかけに道場へ通い始めています。
父親の勧めで小学2年生から柔道を始める
角田夏実さんが柔道を始めたきっかけは、柔道経験者だった父親の勧めです。
父親は整骨院を経営しており、角田夏実さんは父親から柔道を教わりながら、地元の八千代警察署でも練習していました。
最初から本格的な投げ技を習っていたわけではありません。低学年の頃は前転や後転などで体を動かし、楽しみながら柔道に親しんでいたそうです。
JSPO Plusの本人インタビューでは、学校へ行きたくないと言うこともあったため、両親には柔道を通して精神的にも強くなってほしいという思いがあったと語っています。
小学1年生から水泳も習っていた
角田夏実さんは、柔道を始める前の小学1年生から水泳も習っていました。
小学校高学年までに一通りの泳ぎ方を覚えて辞めていますが、水泳で身につけた体力や筋肉は柔道にも役立ったと振り返っています。
一方で、小学校高学年になると男子との体力差が大きくなり、試合で勝てなくなったため、柔道を辞めたいと思うようになりました。
母親から「黒帯を取るまで続けたら」と言われたことで、中学校でも柔道を継続しています。何度も辞めたいと思いながら競技を続けた経験が、後の粘り強さにつながりました。
角田夏実の学歴が競技人生につながった理由
角田夏実さんの学歴を振り返ると、進学するたびに柔道との向き合い方が変化しています。
小学生では父親の勧めで柔道を始め、中学生では全国大会での敗戦によって勝ちたい気持ちが強くなりました。高校では全国上位に進みながらも結果に悩み、大学で柔道を心から好きになっています。
大学卒業後は了徳寺学園で競技を継続
東京学芸大学を卒業した角田夏実さんは、2015年に了徳寺学園へ入り、実業団選手として柔道を続けました。
大学4年生の終盤に膝を負傷し、社会人になってから手術と約1年間のリハビリを経験しています。
すぐに結果を出せる状態ではありませんでしたが、2016年に講道館杯とグランドスラム東京で優勝し、国内外で名前を知られる選手へ成長しました。
大学時代に自分で考えて練習する習慣を身につけたことが、けがから復帰する過程でも生かされたのでしょう。
48kg級への転向後に世界選手権3連覇
角田夏実さんは、大学時代から社会人前半まで52kg級で戦っていました。
2017年の世界選手権では52kg級で銀メダルを獲得しましたが、同じ階級には志々目愛さんや阿部詩さんがおり、東京オリンピックの代表争いは非常に厳しい状況でした。
2019年に48kg級へ転向すると、2021年から2023年まで世界選手権を3連覇。東京オリンピックには出場できませんでしたが、2024年のパリオリンピックで金メダルを獲得しました。
学生時代から全国優勝を重ねていたわけではなく、自分に合う環境や階級を探しながら成長したところが、角田夏実さんの経歴の大きな特徴です。
母校・東京学芸大学から栄誉教授の称号
パリオリンピックで金メダルを獲得した後の2024年11月、角田夏実さんは母校の東京学芸大学から栄誉教授の称号を授与されました。
東京学芸大学の公式発表では、同大学で2人目となる栄誉教授称号の授与と、「準備力」をテーマにした講演の実施が掲載されています。
一度は柔道を辞めようとした角田夏実さんが、オリンピック金メダリストとなり、母校で自身の経験を伝える立場になったのは印象的です。
学生時代の失敗や迷いも、後から振り返れば世界の頂点へ進むための大切な経験だったことが分かります。
角田夏実の学歴に関するまとめ
角田夏実さんの出身校や学生時代について、重要なポイントは次のとおりです。
【学歴トピ!まとめ】
- 最終学歴は東京学芸大学G類生涯スポーツ卒業
- 大学へは推薦入試で進学
- 大学3年生で全日本学生柔道体重別選手権を制覇
- 出身高校は千葉県立八千代高校
- 卒業した中学校は八千代市立勝田台中学校
- 出身小学校は八千代市立勝田台小学校
- 小学2年生から父親の勧めで柔道を開始
- 2024年パリオリンピック女子48kg級で金メダル
角田夏実さんは、学生時代から負け知らずだった選手ではありません。
辞めたいと思った経験や全国大会での敗戦を乗り越え、東京学芸大学で自分に合った柔道を見つけたことが、世界の頂点につながりました。
