鳴海唯さんは、NHK連続テレビ小説『なつぞら』や大河ドラマ『どうする家康』、ドラマ『Eye Love You』『あんぱん』などへの出演で知られる女優です。
1998年5月16日生まれの兵庫県西宮市出身で、2026年7月時点では芸能事務所のフラーム公式プロフィールに所属女優として掲載されています。
高校卒業後は、舞台芸術を学べる関西の大学へ進学しましたが、大学1年生のときに中退。東京の俳優養成所へ入り、本格的に女優を目指しました。
大学名は大阪芸術大学、高校名は兵庫県立鳴尾高校と書かれることがありますが、本人や所属事務所から具体的な学校名は公表されていません。
鳴海唯さんの大学進学と中退の経緯、出身高校・中学・小学校の公表状況、部活動や受験、学生時代から女優になるまでの歩みを紹介します。
鳴海唯の学歴まとめ
鳴海唯さんは地元の学校へ通ったのち、関西にある大学の舞台芸術学科へ進学しています。現在確認できる主な学歴情報は次のとおりです。
| 最終学歴 | 関西の大学の舞台芸術学科を中退 |
| 大学名 | 非公表。大阪芸術大学説は公式確認なし |
| 高校名 | 非公表。鳴尾高校説は公式確認なし |
| 中学校 | 地元の中学校。学校名は非公表 |
| 小学校 | 学校名は非公表 |
| 学生時代 | 中学はバレー部、高校は軽音楽部 |
本人のインタビューで確認できるのは、東京の大学を目指したこと、関西の大学で舞台芸術を学んだこと、大学1年生で中退したことです。
鳴海唯のプロフィール
| 項目 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 名前 | 鳴海唯 | 読み方は「なるみ ゆい」 |
| 生年月日 | 1998年5月16日 | 2026年7月時点で28歳 |
| 出身地 | 兵庫県西宮市 | 所属事務所のプロフィールに記載 |
| 身長 | 156cm | 所属事務所のプロフィールに記載 |
| 血液型 | A型 | ORICON NEWSのプロフィールに掲載 |
| 職業 | 女優 | ドラマ・映画・CMなどで活動 |
| 所属事務所 | フラーム | 2026年7月時点 |
| 趣味・特技 | 運動全般 | 洋服や和菓子も好き |
| 最終学歴 | 大学中退 | 関西の大学の舞台芸術学科に在籍 |
ORICON NEWSのプロフィールには、1998年5月16日生まれ、兵庫県出身、血液型A型と掲載されています。
中学校ではバレーボール、高校では軽音楽に取り組んでおり、運動と音楽の両方を経験した学生時代でした。
鳴海唯の大学は大阪芸術大学?舞台芸術学科を中退
鳴海唯さんは高校卒業後、関西にある大学の舞台芸術学科へ進学しました。
インターネット上では「大阪芸術大学に通っていた」と書かれることがありますが、具体的な大学名は公表されていません。舞台芸術学科への進学と、大学1年生での中退は本人の発言で確認できます。
大学名は公表されていない
ORICON NEWSの本人インタビューなどで語られている大学進学の経緯は、次のとおりです。
- 東京の大学を志望していた
- 受験した東京の大学には合格できなかった
- 滑り止めとして受験していた関西の大学へ進学した
- 大学では舞台芸術学科に在籍していた
- 大学1年生のときに中退した
CanCam.jpの本人インタビューでも、地元の大学の舞台芸術学科へ入学したことを明かしていますが、具体的な大学名までは公表していません。
そのため、「大阪芸術大学を卒業した」という情報は確認できません。本人が公表している最終学歴は大学中退です。
大阪芸術大学といわれる理由
大阪芸術大学には芸術学部舞台芸術学科があるため、鳴海唯さんの進学先候補として名前が挙がることがあります。
鳴海唯さんが語った「関西の大学」「舞台芸術学科」という条件とは一致しますが、本人や所属事務所、大学側による公表は確認できません。
現在確認できるのは、関西にある大学の舞台芸術学科へ進学したことまでです。大阪芸術大学という学校名は公式情報ではありません。
東京の大学を目指して受験勉強をしていた
鳴海唯さんは高校3年生になると、進学先について本格的に考えるようになりました。
小学生の頃から役者への憧れがあり、東京の大学に進めば、芸能界へ入るきっかけをつかめるのではないかと考えていたそうです。
高校時代は予備校へ通い、東京の大学を目指して受験勉強に取り組んでいました。
しかし、志望していた東京の大学には合格できず、滑り止めとして受験していた関西の大学へ進学します。
当時は周囲に芸能界を目指す友人がおらず、家族や先生にも女優になりたいという気持ちをなかなか打ち明けられなかったと振り返っています。
勉強が嫌で大学を辞めたのではなく、女優になる夢と一般的な大学進学の間で迷い続けていたことが分かります。
大学1年生で中退した理由
大学を中退した大きなきっかけは、映画『ちはやふる-結び-』の撮影にエキストラとして参加したことです。
鳴海唯さんは大学1年生のとき、インターネットでエキストラ募集を見つけ、滋賀県で行われた撮影に参加しました。
撮影現場では、広瀬すずさんや上白石萌音さんをはじめ、同世代の俳優たちが演じる姿を間近で見ています。
それまで鳴海唯さんは、大学で4年間演技を学んでから役者を目指しても遅くないと思っていました。
しかし、実際の撮影現場に立ったことで、役者に挑戦しないまま大学生活を終えてよいのかという思いが強くなったそうです。
芸能関係のオーディションへ応募したのち、大学を辞めて東京の養成所へ入り、本格的に演技を学び始めました。
テレビ朝日の本人インタビューでも、小学生の頃に抱いた憧れを19歳で行動に移し、大学を辞めて上京したと語っています。
19歳で女優を目指して上京し、大学へ進学してから短期間で人生の進路を大きく変えたことになります。
父親からは最初反対されていた
鳴海唯さんが大学を辞めて女優を目指すと伝えた際、父親は最初、進路変更に反対しました。
大学受験には予備校代や受験料などもかかっていたため、突然大学を辞めたいと申し出た娘に対し、受験にかけた費用について父親から厳しく言われたそうです。
ところが、母親から父親も若い頃に役者を目指して上京した経験があると聞き、鳴海唯さんは改めて父親を説得しました。
最終的には、本気で芝居が好きなら挑戦してみればよいと認めてもらえたといいます。
父親も若い頃に同じ夢を持っていたという、印象的なエピソードです。家族の理解を得られたことも、新しい一歩を踏み出す力になったのでしょう。
鳴海唯の出身高校は鳴尾高校?
鳴海唯さんの出身高校は、兵庫県立鳴尾高校と書かれることがあります。
ただし、本人や所属事務所の公式プロフィールでは、高校名を公表していません。
本人のインタビューから確認できるのは、大学進学を目指す生徒が多い環境の高校に通い、軽音楽部でボーカルを担当していたことです。
鳴尾高校説は公式には確認されていない
人物情報を扱うウェブサイトなどでは、鳴海唯さんの出身高校として兵庫県立鳴尾高校の名前が挙がることがあります。
しかし、本人が鳴尾高校へ通っていたと語った一次情報や、学校側が卒業生として紹介した公式情報は確認できません。
そのため、鳴尾高校説はインターネット上で書かれている情報の一つであり、確定した学歴としては扱えません。
出身高校について、本人や所属事務所から公表された学校名はありません。兵庫県立鳴尾高校という情報も公式には確認できません。
高校では軽音楽部のボーカルを担当
鳴海唯さんは高校時代、軽音楽部に所属していました。
中学校では練習の厳しいバレーボール部に入っていたため、高校では違う活動をしてみたいと思ったそうです。
将来、人前に立つ仕事をしたときに役立つかもしれないという思いもあり、ボーカルを選びました。
大学新聞の本人インタビューによると、文化祭では、いきものがかりやback numberの楽曲を披露したことが思い出に残っているそうです。
高校生の段階では女優になると周囲に公言していなかったものの、人前で歌う経験を積んでいたことになります。
女優になりたい気持ちを周囲に言えなかった
鳴海唯さんが通っていた高校は、大学受験をすることが当たり前という雰囲気だったそうです。
その中で「自分は役者を目指す」と言い出すことができず、周囲と同じように大学進学を目指していました。
オーディション雑誌を見て応募した経験はあったものの、選考にはなかなか通らなかったといいます。
鳴海唯さん自身は当時について、自分に言い訳をしながら、周囲の流れに合わせてしまっていたと振り返っています。
学生時代から一直線に芸能界を目指していたわけではありません。進学か女優かで迷い続けた時間があったからこそ、大学中退という決断の大きさも伝わってきます。
英語が得意な高校生だった
鳴海唯さんは、中学生の頃から英語が得意だったと明かしています。
将来的には海外作品への出演にも関心があり、ハリウッド映画に出演することも夢の一つとして挙げていました。
オーディションの自己PRでは、英会話教材の音声をまねることもあったそうです。
審査員を笑わせるための特技として使っていたというところに、鳴海唯さんのおちゃめな一面が感じられます。
鳴海唯の出身中学・小学校はどこ?
鳴海唯さんの出身中学校と小学校についても、具体的な学校名は公表されていません。
兵庫県西宮市で育ったことや、地元の中学校へ進んだことは本人のインタビューから分かっていますが、学校名を確認できる本人発信や公式情報は見当たりません。
中学校ではバレーボール部のリベロ
鳴海唯さんは地元の中学校へ進学し、バレーボール部に所属していました。
ポジションは、相手のスパイクやサーブを受ける守備専門のリベロです。
練習はかなり厳しかったそうですが、仲間と一緒に勝利を目指して打ち込んでいました。
所属事務所の公式プロフィールでも、特技は「運動全般」と紹介されています。
中学時代の部活動経験からも、運動が得意だったことが分かります。
中学・高校時代は一般的な学生生活を送っていた
鳴海唯さんは、中学・高校時代について、平凡な学校生活に幸せを感じていたと振り返っています。
部活動の帰りに友人たちとハンバーガーを食べるなど、芸能活動をしていない一般の学生として青春時代を過ごしていました。
芸能事務所へ所属するために幼い頃からレッスンを受けていたわけではなく、本格的に演技を学び始めたのは大学を中退してからです。
子役出身ではない鳴海唯さんが、養成所へ入ってから比較的短期間で朝ドラ出演をつかんだ点は、経歴の中でも特に注目される部分です。
小学校高学年で女優に憧れた
鳴海唯さんが役者の仕事に興味を持ったのは、小学校高学年の頃です。
上野樹里さんと玉木宏さんが出演した『のだめカンタービレ』のドラマや映画を見て、上野樹里さんが作品ごとにまったく違う人物を演じる姿に驚いたといいます。
当時は役者がどのような職業なのかもよく分からず、上野樹里さん本人が、のだめという人物なのだと思い込んでいたそうです。
その後、別の作品やインタビューを見て、演技によって違う人物になれる俳優の仕事に憧れを抱きました。
ただし、小学生の頃からオーディションを受けていたわけではありません。憧れを胸の中にしまったまま、地元の中学校へ進学しています。
幼少期は習い事を数多く経験
鳴海唯さんは幼少期、好奇心旺盛な子供だったそうです。
将来の夢は宇宙飛行士やパン屋など毎年のように変わり、体操クラブ、習字、英会話、塾といったさまざまな習い事も経験しました。
一つの分野だけに集中していたのではなく、興味を持ったことへ幅広く挑戦していたことが分かります。
鳴海唯の学歴から女優デビューまでの経歴
鳴海唯さんの経歴は、大学中退を決断してから大きく動き始めました。
女優を目指して東京へ移ったあとは養成所へ通い、アルバイトをしながら演技を学びます。
本格的に演技を学び始めて比較的早い段階で、『なつぞら』で朝ドラ初出演を果たしました。
養成所へ通いながらアルバイト生活
上京後の鳴海唯さんは、週4日ほど俳優養成所へ通っていました。
生活費を得るため、宅配便の荷物の仕分けや住宅の清掃など、派遣のアルバイトも経験しています。
お金が少なくなり、もやしを中心に食べていた時期もあったそうです。
一方で、配達員など仕事先で出会う人々を観察し、すべてを役作りにつなげようとしていました。
大学を辞めて選んだ道だからこそ、目の前の経験を無駄にしたくないという強い気持ちがあったのでしょう。
演技を学んで半年ほどで頭角を現した
養成所では、自分のせりふだけでなく、相手の話し方や感情を受けて演技を変えることの大切さを学びました。
複数の監督から指導を受ける中で、求められる表現に合わせて芝居を変える力も身につけていきます。
養成所へ入って半年もたたないうちにスタッフの目に留まり、映画やCMの仕事が決まり始めました。
大学で理論から学ぶ道ではなく、養成所と実際の撮影現場で経験を重ねる道を選んだことが、女優としての活動につながりました。
『なつぞら』で朝ドラ初出演
鳴海唯さんが広く知られるきっかけとなったのは、2019年放送のNHK連続テレビ小説『なつぞら』です。
最初は福地桃子さんが演じた柴田夕見子役のオーディションを受けましたが、最終候補で不合格となりました。
その後、成長した柴田明美役のオーディションへ再び挑み、出演を勝ち取っています。
大学時代にエキストラとして参加した『ちはやふる-結び-』で、憧れの広瀬すずさんを目の前にし、女優になる決意を固めた鳴海唯さん。
『なつぞら』では、その広瀬すずさんと姉妹役で共演することになりました。
大学中退から約2年で憧れの俳優との共演を実現した、印象的な経歴です。
『ちはやふる-結び-』の撮影参加が女優を目指す転機となり、その後『なつぞら』で朝ドラ初出演を果たしました。
現在もドラマや映画で活躍
『なつぞら』出演後は、大河ドラマ『どうする家康』の稲役や、TBS系ドラマ『Eye Love You』など、話題作への出演を重ねています。
2025年には連続テレビ小説『あんぱん』へ出演し、『なつぞら』以来6年ぶりに朝ドラへ復帰しました。出演情報はフラームの公式発表でも確認できます。
2026年5~6月放送の連続ドラマ『100日後に別れる僕と彼』では、2人の男性を密着取材するディレクター・茅野志穂役で準主演を務めました。出演者や放送情報はMBSの作品公式サイトに掲載されています。
大学を中退したことだけを見ると、学業を途中で断念したようにも映ります。しかし、鳴海唯さんにとっては、自分が本当に進みたい道を選び直すための転機となりました。
鳴海唯の学歴に関するまとめ
鳴海唯さんの学歴と学生時代について、重要なポイントは次のとおりです。
【学歴トピ!まとめ】
- 小学校・中学校・高校の具体的な学校名は非公表
- 中学ではバレーボール部のリベロ
- 高校では軽音楽部のボーカル
- 関西の大学の舞台芸術学科へ進学
- 大阪芸術大学という学校名は公式確認なし
- 大学1年生で中退し、19歳で上京
- 2019年の『なつぞら』で朝ドラ初出演
鳴海唯さんは、大学を中退して19歳で上京し、女優の道へ踏み出しました。
迷いながらも自分で選んだ進路と学生時代の経験が、その後の活動につながっています。
