メディアアーティストや研究者として活躍し、テクノロジーと芸術を組み合わせた「デジタルネイチャー」を提唱している落合陽一さん。2026年時点では、筑波大学教授や東京大学准教授などを務めています。
独創的な発想や幅広い知識から、どのような学校で学んできたのかが気になる人も多いのではないでしょうか。落合陽一さんは開成高校を卒業後、筑波大学へ進学し、東京大学大学院で博士号を取得しています。
出身小学校・中学校から開成高校、筑波大学、東京大学大学院までの進学歴に加え、現在の偏差値目安や学生時代の研究活動、学歴と現在の仕事とのつながりも紹介します。
落合陽一の学歴まとめ|最終学歴は東京大学大学院博士課程修了
落合陽一さんの主な学歴と、現在確認できる結論は次のとおりです。
| 最終学歴 | 東京大学大学院博士課程修了 |
| 出身高校 | 開成高等学校 |
| 出身大学 | 筑波大学情報学群情報メディア創成学類 |
| 出身中学校 | 港区立六本木中学校 |
| 出身小学校 | 港区立麻布小学校 |
| 取得学位 | 博士(学際情報学) |
高校・大学・大学院の卒業歴は公式プロフィールで確認できます。小学校と中学校についても、本人が自身の発信で学校名を明かしています。
落合陽一の最終学歴は東京大学大学院
落合陽一さんの最終学歴は、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了です。
2015年に博士課程を早期修了し、博士(学際情報学)の学位を取得しました。落合陽一さんの公式プロフィールには、開成高校、筑波大学、東京大学大学院の経歴が掲載されています。
学際情報学は、情報技術だけに限定せず、社会、文化、表現、メディアなどを横断して研究する分野です。計算機科学とメディアアートの両方で活動する落合陽一さんにとって、現在の仕事へつながる進路だったことが分かります。
小学校から大学院までの進学歴
公表されている進学歴を時系列で見ると、次のようになります。
| 学校区分 | 学校名 | 公表されている経歴 |
|---|---|---|
| 小学校 | 港区立麻布小学校 | 本人発信で公表 |
| 中学校 | 港区立六本木中学校 | 本人発信で公表 |
| 高校 | 開成高等学校 | 2006年卒業 |
| 大学 | 筑波大学情報学群情報メディア創成学類 | 2011年卒業 |
| 大学院 | 東京大学大学院学際情報学府 | 2013年に修士課程修了 |
| 大学院 | 東京大学大学院学際情報学府 | 2015年に博士課程修了 |
小学校と中学校は東京都港区内の公立校へ通い、高校から私立の開成高校へ進学しました。大学では情報技術やメディア表現を学び、大学院では専門研究をさらに深めています。
落合陽一のプロフィール
| 項目 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 名前 | 落合陽一 | おちあい・よういち |
| 生年月日 | 1987年9月16日 | 公式プロフィールで掲載 |
| 年齢 | 38歳 | 2026年7月時点 |
| 出身地 | 東京都 | 東京都港区生まれ |
| 職業 | メディアアーティスト・研究者・大学教員 | 複数分野で活動 |
| 学位 | 博士(学際情報学) | 東京大学大学院で取得 |
| 主な所属 | 筑波大学・東京大学 | 2026年時点 |
2026年時点では、筑波大学図書館情報メディア系教授、筑波大学デジタルネイチャー開発研究センター長、東京大学大学院新領域創成科学研究科准教授などを務めています。
開成高校、筑波大学、東京大学大学院の卒業・修了歴は、本人の公式プロフィールで確認できます。
落合陽一の大学は筑波大学情報学群
落合陽一さんは、筑波大学情報学群情報メディア創成学類を卒業しています。
情報メディア創成学類では、コンピューター科学を土台にしながら、映像、デザイン、インタラクション、メディア表現などを幅広く学びます。
- 2007年に筑波大学へ入学
- 情報学群情報メディア創成学類に在籍
- メディアアートや電子工作に取り組む
- 大学在学中にIPAの未踏事業へ採択
- 2011年に卒業
researchmapでは、2007年4月から2011年3月まで筑波大学情報学群情報メディア創成学類に在籍した経歴が掲載されています。高校卒業から大学入学までの詳しい経緯は、本人の公式プロフィールでは説明されていません。
筑波大学を選んだ理由はメディアアート?
落合陽一さんは筑波大学について、昔からメディアアートの作家を多く輩出している大学だと、自身のnoteの自己紹介で振り返っています。
大学時代にはコンピューターや電子工作に熱中し、授業中にもプログラムを書いたり、はんだ付けをしたりしていたそうです。メディアアート作品を制作するうちに展覧会へ参加するようになり、大学2年生ごろから研究室へ出入りしていました。
授業だけにとどまらず、興味を持った研究者へ直接話を聞き、専門外の分野も学んでいたことが本人の発信から分かります。現在の分野横断的な活動は、筑波大学時代から始まっていました。
筑波大学時代は小学館でインターンも経験
落合陽一さんは大学在学中、小学館でインターンを経験し、雑誌制作にも関わっていました。
文部科学省系のプロジェクトでは、中学生に映画制作を教える活動にも参加。映像の撮影や編集について、映画監督から学んだと明かしています。さらに、年間100冊の読書を目標にしていた時期もあったそうです。
コンピューターだけではなく、映像、出版、芸術、哲学などへ関心を広げていたことが分かります。技術と文化の両方を扱う現在の活動にもつながる学生生活です。
大学在学中にIPA未踏事業へ採択
2009年、落合陽一さんは大学生としてIPAの「未踏ユース」に採択されました。
採択されたテーマは、「『電気が見える』デバイスとソフトウェアの開発」です。目に見えない電気の状態を色光などで可視化する装置を開発し、2010年にはスーパークリエータに認定されました。
プロジェクトの内容や筑波大学在籍時の所属は、IPAの2009年度採択プロジェクト概要に掲載されています。学生の段階で、研究成果を作品や装置として形にしていた経歴です。
IPAの公式情報では、筑波大学在学中の採択が確認できます。スーパークリエータ認定は、本人の公式プロフィールに2010年の受賞歴として掲載されています。
筑波大学情報メディア創成学類の現在の偏差値目安
旺文社パスナビに掲載された2026年7月更新のデータでは、筑波大学情報学群情報メディア創成学類の前期日程は、偏差値57.5、共通テスト得点率の目安は81%です。
現在の数値は、旺文社パスナビの筑波大学入試難易度で確認できます。ただし、落合陽一さんが受験した2007年度当時の偏差値や合格点を示す数値ではありません。
偏差値や共通テスト得点率は年度、入試方式、データ提供元によって変わるため、現在の入試難易度を知るための参考値となります。
落合陽一は東京大学大学院で博士号を取得
筑波大学を卒業した落合陽一さんは、東京大学大学院学際情報学府へ進学しました。
- 2013年に修士課程を修了
- 日本学術振興会特別研究員DC1に採用
- 2015年に博士課程を早期修了
- 博士(学際情報学)を取得
- 博士課程修了後に筑波大学の教員へ
大学院では、人間とコンピューターの関係を研究するHCIをはじめ、CG、VR、視覚・聴覚・触覚の提示技術などの研究に取り組みました。
修士課程は2013年に修了
落合陽一さんは、2013年に東京大学大学院学際情報学府学際情報学専攻の修士課程を修了しました。
修士課程修了後は博士課程へ進み、日本学術振興会の特別研究員DC1に採用されています。DC1は、博士課程の学生が研究に専念できるように支援する制度で、研究計画や実績などに基づく選考があります。
筑波大学在学中から積み重ねてきたメディアアートやインターフェース研究を、東京大学大学院でさらに深めました。
博士課程を早期修了した
落合陽一さんは2015年に博士課程を早期修了し、博士(学際情報学)の学位を取得しました。
学位の授与日は2015年4月17日で、課程博士として認定されています。博士論文と学位情報は、東京大学学術機関リポジトリに掲載されています。
通常より短い期間で博士課程を修了し、研究成果に基づいて博士号を取得した経歴です。
落合陽一は「東大卒」なの?
落合陽一さんは、東京大学の学部を卒業したわけではありません。
学部は筑波大学情報学群を卒業し、大学院から東京大学へ進学しています。正確な学歴は「筑波大学卒業、東京大学大学院修了」です。
「東大出身」という言葉が大学院修了者にも使われる場合はありますが、学部と大学院を分けることで、実際の進学経歴が明確になります。
学歴ロンダリングといわれる理由は?
落合陽一さんは筑波大学を卒業後、東京大学大学院へ進学しました。この経歴をめぐって「学歴ロンダリング」と表現されることがありますが、公式な評価ではありません。
東京大学大学院では修士課程と博士課程を修了し、博士(学際情報学)の学位を取得しています。専門研究を深める正規の進学経歴であり、大学名を経歴へ加えることだけが目的だったと判断できる根拠はありません。
「学歴ロンダリング」はネット上で使われる俗称です。落合陽一さんは正規の課程を修了し、博士号を取得しています。
落合陽一の高校は開成高校
落合陽一さんの出身高校は、東京都荒川区にある開成高等学校です。
本人の公式プロフィールには、2006年に開成高校を卒業したことが掲載されています。中学校からの内部進学ではなく、高校入試を受けて入学したことも本人が語っています。
- 高校入試を経て開成高校へ入学
- 2006年に卒業
- 生徒の自主性を重んじる環境
- 高校卒業後は筑波大学へ進学
開成高校には高校入試で合格
開成は中高一貫校ですが、落合陽一さんは開成中学校の出身ではありません。
落合陽一さんはPRESIDENT Onlineのインタビューで、自身が高校から入学した生徒であることを語っています。
港区内の公立中学校から、全国有数の進学校として知られる開成高校へ進んだ経歴です。
開成高校の現在の偏差値目安は77
「みんなの高校情報」が掲載する2026年度版のデータでは、開成高校の偏差値は77です。東京都内の私立高校でも最上位クラスの参考値となっています。
現在の数値や算出上の注意点は、開成高校の偏差値情報に掲載されています。偏差値は模試や年度によって変わるため、落合陽一さんが受験した当時の数値ではありません。
偏差値77は2026年度版の参考値です。落合陽一さんが高校入試を受けた当時の偏差値を示すものではありません。
開成高校時代は好きなことに取り組める環境だった
落合陽一さんは開成高校について、学校から勉強を強く迫られる環境ではなく、生徒が好きなことや、やりたいことに取り組める学校だったと語っています。
一方で、周囲には模試で非常に高い成績を取る生徒もおり、驚くほど頭のいい同級生がいたそうです。
進学校でありながら、大学受験だけを目標にするのではなく、自分の関心を追究できる校風があったことが本人のインタビューからうかがえます。
落合陽一の中学校は港区立六本木中学校
落合陽一さんの出身中学校は、東京都港区にある港区立六本木中学校です。
本人は自身のnoteで、六本木周辺で育ち、麻布小学校を卒業したあと、六本木中学校へ通ったと明かしています。中学校までは公立校でした。
六本木中学校を経て、高校入試で開成高校へ進学しています。開成中学校から内部進学した経歴ではありません。
六本木で育ちコンピューターに興味を持った
落合陽一さんは東京都港区で生まれ、麻布・六本木周辺で育ちました。
幼いころからコンピューターや電子機器に親しみ、その興味が筑波大学での研究やメディアアート制作へつながっていきました。本人は自らを「ガジェット好き」と表現し、学生時代の電子工作やプログラミングについて振り返っています。
現在の研究活動につながる関心は、大学入学後に突然生まれたものではなく、子ども時代から続いていました。
落合陽一の小学校は港区立麻布小学校
落合陽一さんの出身小学校は、東京都港区にある港区立麻布小学校です。
麻布小学校を卒業したあと、六本木中学校へ進学しました。小学校と中学校はいずれも公立校で、高校から私立の開成高校へ進んでいます。
父親は作家・ジャーナリストとして知られる落合信彦さんですが、落合陽一さん自身は、地元の公立小学校と中学校へ通っていたことを公表しています。
小学校から大学院まで東京都と茨城県で学んだ
落合陽一さんは東京都港区の小学校と中学校を卒業し、荒川区にある開成高校へ進学しました。
大学は茨城県つくば市にある筑波大学へ進み、その後、東京都内の東京大学大学院で博士号を取得しています。
公立小中学校、難関私立高校、国立大学、東京大学大学院と、段階ごとに異なる教育環境で学んできたことが分かります。
学歴が現在の研究活動につながっている
落合陽一さんの学歴は、学校名だけではなく、現在の研究や作品制作につながっている点が特徴です。
筑波大学でコンピューター、電子工作、映像、メディアアートに触れ、東京大学大学院でHCIやCG、VRなどの研究を深めました。大学時代の未踏事業で開発した「電気が見える」装置も、見えない現象を技術で可視化する現在の活動と共通しています。
2026年時点では、本人の公式プロフィールに筑波大学教授・東京大学准教授と掲載されています。
学ぶ側だった筑波大学と東京大学で、現在は研究や教育を担う立場になっているところも印象的です。
学生時代から続くコンピューターと表現への関心が、現在のデジタルネイチャー研究やメディアアートにつながっています。
落合陽一の学歴に関するまとめ
落合陽一さんの学歴について、重要なポイントをまとめます。
【学歴トピ!まとめ】
- 最終学歴は東京大学大学院博士課程修了
- 博士(学際情報学)の学位を取得
- 出身大学は筑波大学情報学群
- 出身高校は開成高等学校
- 出身中学校は港区立六本木中学校
- 出身小学校は港区立麻布小学校
- 大学時代にIPA未踏事業へ採択
- 学歴ロンダリングと断定できる根拠はなし
落合陽一さんは、学生時代から一貫してコンピューターと表現の可能性を追い続けてきました。
学校で得た知識だけでなく、研究、電子工作、映像、出版などへ関心を広げた経験が、現在の研究者・大学教員・メディアアーティストとしての活動につながっています。
