独特の言葉選びと落ち着いた話し方で、テレビやラジオ、執筆活動まで幅広く活躍しているヒコロヒーさん。知的な印象も強く、どのような学校で学んだのか気になる人も多いのではないでしょうか。
ヒコロヒーさんは高校卒業後、近畿大学文芸学部芸術学科へ進学しました。ただし、大学は卒業しておらず、最終学歴は近畿大学文芸学部芸術学科中退です。出身高校や中学校、小学校の名前は公表されていません。
近畿大学へ進学した意外な理由や、高校時代にガソリンスタンドへの就職を考えていたエピソード、落語研究会から芸人になった経緯も紹介します。大学中退後の活動や、現在の文章力につながる一面も分かります。
ヒコロヒーの学歴まとめ|最終学歴は近畿大学中退
ヒコロヒーさんは高校卒業後、大阪府にある近畿大学の文芸学部芸術学科へ進学しました。本人もTOKYO FM『木村拓哉 Flow』で、大学名と学部・学科を明かしています。
現在確認できる主な学歴情報は次のとおりです。
| 最終学歴 | 近畿大学文芸学部芸術学科中退 |
| 大学 | 近畿大学へ進学 |
| 学部・学科 | 文芸学部芸術学科 |
| 高校 | 学校名は非公表 |
| 小学校・中学校 | 学校名は非公表 |
大学では落語研究会に所属し、学園祭で舞台に立ったことが芸能界へ進むきっかけになりました。
ヒコロヒーの最終学歴は近畿大学文芸学部芸術学科中退
ヒコロヒーさんの学歴は、近畿大学文芸学部芸術学科中退と公表されています。
近畿大学には入学していますが、大学は卒業していません。そのため、大卒の学位は取得しておらず、「近畿大学卒業」ではなく「近畿大学文芸学部芸術学科中退」と表すのが正確です。
金沢学院大学の第31回島清恋愛文学賞受賞者紹介にも、近畿大学文芸学部芸術学科中退と記載されています。
大学で過ごした時期は、現在の芸人活動へつながる大きな転機になっています。
ヒコロヒーは高学歴なの?
ヒコロヒーさんを高学歴と呼べるかどうかは、判断する基準によって変わります。
近畿大学へ合格している一方で、大学は卒業していないため、学歴上は大卒ではありません。本人も高校時代はほとんど勉強しておらず、出席日数が不足して留年しかけていたと話しています。
高校の先生が探してくれた、小論文などで受験できる方式を利用して近畿大学へ合格しました。当時の入試方式や難易度は現在と同一とは限らないため、現在公表されている偏差値だけで本人の学力を断定することはできません。
一方で、ヒコロヒーさんはコントやトークに加え、エッセイや小説でも高い表現力を発揮しています。短編小説集『黙って喋って』は、2025年に第31回島清恋愛文学賞を受賞しました。
近畿大学へ入学したことは確認できますが、卒業はしていません。「大学への合格」と「大卒の学歴」は別の内容です。
ヒコロヒーの基本プロフィール
ヒコロヒーさんは、1989年10月15日生まれ、愛媛県出身のピン芸人です。2026年7月時点の年齢は36歳です。
松竹芸能の公式プロフィールでは、身長165cm、血液型AB型と紹介されています。趣味は競馬、麻雀、映画で、盲牌や日常会話レベルの英語・韓国語を特技に挙げています。
| 項目 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 芸名 | ヒコロヒー | 松竹芸能所属 |
| 生年月日 | 1989年10月15日 | 2026年7月時点で36歳 |
| 出身地 | 愛媛県 | 公式プロフィールに記載 |
| 身長 | 165cm | 公式プロフィールに記載 |
| 血液型 | AB型 | 公式プロフィールに記載 |
| 学歴 | 近畿大学中退 | 文芸学部芸術学科 |
| 職業 | お笑い芸人・タレント | 執筆活動も行う |
| 趣味 | 競馬・麻雀・映画 | 大学時代から麻雀好き |
| 特技 | 盲牌・英語・韓国語 | 語学は日常会話レベル |
ヒコロヒーの出身高校・中学校・小学校はどこ?
ヒコロヒーさんの出身高校、中学校、小学校は、具体的な学校名が公表されていません。
公式プロフィールには愛媛県出身と記載されていますが、出身市町村や具体的な学校名までは掲載されていません。本人のインタビューでも高校時代の過ごし方は語られているものの、学校名は明かされていません。
出身高校の名前は公表されていない
ネット上では、ヒコロヒーさんの出身高校として特定の学校名が挙がることがあります。
しかし、本人や所属事務所が出身高校を公表した事実は確認できません。現在確認できるのは、高校時代にガソリンスタンドでアルバイトをしていたことや、学校へあまり通っていなかったことなどです。
2026年3月に出席した卒業式でも、学生時代は学校へあまり行かず、卒業式の練習にも参加していなかったため、本番で立ったり座ったりするタイミングが周囲とずれてしまったと振り返っています。この発言はテレ朝newsでも報じられました。
ネット上で学校名が挙がることはありますが、本人発信・所属事務所・主要報道で裏付けられた出身高校名は確認できません。
高校時代は反抗期で学校を休むことも多かった
ヒコロヒーさんは、高校時代の自分について「不良だった」と振り返っています。
本格的に道を外れていく先輩たちには反発を感じ、真面目な生徒たちの輪にも交われなかったそうです。同じような立場の友人たちと集まり、学校を休んでは喫茶店やゲームセンター、漫画喫茶へ行ったり、裏山で遊んだりしていました。
現在の冷静で知的な印象とは少し異なる、反抗的で不器用な高校時代だったことがうかがえます。
出身中学校と小学校も非公表
ヒコロヒーさんの出身中学校と小学校についても、具体的な学校名は公表されていません。
所属事務所の公式プロフィールで確認できる出身地は愛媛県までです。小学生や中学生だった頃の出来事についても、高校以降に比べると本人が語った内容は多くありません。
現在確認できる学歴情報は、近畿大学文芸学部芸術学科へ進学し、その後中退したという内容が中心です。
ヒコロヒーが近畿大学へ進学した理由
ヒコロヒーさんは、当初から大学進学を目指していたわけではありません。
高校卒業後は、アルバイトをしていたガソリンスタンドへの就職を考えていました。しかし、両親や学校から大学へ進むよう勧められ、近畿大学を受験しています。
高校卒業後はガソリンスタンドへ就職する予定だった
ヒコロヒーさんは高校時代、ガソリンスタンドでアルバイトをしていました。
アルバイト先の副店長から、そのまま働けばよいという趣旨の言葉をかけられたため、高校卒業後はガソリンスタンドへ就職するつもりだったそうです。
ところが、その話を両親と学校へ伝えると、大学へ進学するよう強く勧められました。現在の知的な印象から、早くから明確な進学計画を立てていたようにも見えますが、実際には周囲の後押しが大学進学につながっています。
高校の先生が受験できる大学を探してくれた
高校時代のヒコロヒーさんは、本人によると勉強をほとんどしておらず、出席日数も不足していました。
大学進学を勧められても、本人は受験できる大学がないと考えていたそうです。そこで高校の先生が、小論文などで受験できる入試方式を探しました。
ヒコロヒーさんは大阪へ行けることにも魅力を感じて受験し、近畿大学文芸学部芸術学科に合格しています。
高校の先生が進路を諦めず、受験方法まで探したことが、その後の人生を大きく変えました。近畿大学へ進学していなければ、学園祭で舞台に立つ機会もなかった可能性があります。
文芸学部芸術学科に在籍していた
ヒコロヒーさんは、近畿大学の文芸学部芸術学科に在籍していました。
在学中にどの授業を履修し、何を専門的に学んでいたのかは詳しく公表されていません。ただ、大学時代から映画やラジオが好きで、将来はラジオ制作や映画制作の仕事に就きたいと考えていました。
現在は芸人としてのトークやコントだけでなく、エッセイや小説でも活動しています。大学を卒業してはいませんが、文芸や芸術への関心は現在の表現活動にもつながっています。
近畿大学の落研から芸人になった経緯
ヒコロヒーさんが芸人になるきっかけとなったのは、近畿大学の落語研究会と学園祭でした。
最初からプロの芸人を目指していたわけではなく、いくつもの偶然が重なって現在の仕事へつながっています。
落語研究会へ入った理由は勧誘していた先輩
ヒコロヒーさんは、近畿大学で落語研究会、通称「落研」に所属していました。
お笑いが好きだったことに加え、新入生を勧誘していた学生の中で、一番男前な先輩が落研にいたことも入部の決め手だったと本人が話しています。
当初はプロの芸人を目指していたわけではありません。落研で活動する一方、大学へ行ったり行かなかったりする学生生活を送っていました。
学園祭の欠員を埋めるため舞台に立った
大学の学園祭で落研がお笑い大会を開催した際、出演者に欠員が出ました。
そこで先輩から頼まれたヒコロヒーさんが、代役として舞台に立ちます。舞台を降りると、学園祭に来ていた複数の芸能事務所関係者から名刺を渡されました。
本人にプロ志向はなく、その後約1年間は事務所へ連絡しなかったそうです。それでも、学園祭の代役出演が芸人の道につながりました。かなりドラマチックな話ですよね。
松竹へ連絡した目的は映画やラジオの仕事だった
学園祭で名刺を受け取ったあとも、ヒコロヒーさんはすぐに芸能界を目指したわけではありません。
大学へ通わなくなり、進路を考える中で、好きだったラジオや映画の制作に携わりたいと思うようになります。以前もらった名刺を見返したところ、「松竹」の名前を見つけました。
映画を制作する松竹の仕事へつながると思って連絡しましたが、案内されたのは松竹芸能の養成所でした。
養成所には芸人として成功しようとする若者が集まっていましたが、ヒコロヒーさん自身は、当初そこまで強く芸人を志していなかったそうです。それでも仲間ができ、通ううちにお笑いが楽しくなり、やがて芸人として生きていきたいと考えるようになりました。
ヒコロヒーが近畿大学を中退した理由
ヒコロヒーさんは大学在学中に松竹芸能の養成所へ入り、芸人としての活動を始めました。
ただし、「芸人になるために大学を辞めた」と明確に決断したわけではありません。本人によると、もともと大学へ行ったり行かなかったりする状態が続き、次第に通わなくなって中退に至りました。
大学へ通わなくなり中退した
ヒコロヒーさんは、近畿大学へ入学してからも毎日通っていたわけではありません。
学園祭で芸能事務所関係者から名刺を受け取ったあとも、すぐに芸人にはならず、大学へ行ったり行かなかったりする生活が続いていました。
やがて学校へほとんど行かなくなり、近畿大学を中退しています。その後、将来の仕事を探す中で松竹芸能の養成所へ入りました。
芸人になるために迷わず大学を辞めたというより、通学しなくなった時期に新しい進路が見つかったという流れです。
本人の説明では、大学へ行かなくなったことと養成所へ入ったことが重なっています。「芸人になるためだけに退学した」とは語られていません。
大学時代は麻雀に熱中し留年も経験
ヒコロヒーさんは大学時代、近畿大学の正門近くにあった雀荘へ頻繁に通っていました。
大学へ向かっていても雀荘に知人がいるのを見つけると、授業へ行かず、そのまま麻雀を打つこともあったそうです。
2024年放送の『キョコロヒー』では、麻雀に熱中した大学時代を振り返っています。番組内容を伝えたデイリースポーツは、ヒコロヒーさんが麻雀のやり過ぎによって大学時代に留年したと報じています。
雀荘では麻雀をするだけでなく、店の人が作る食事を目当てに立ち寄ることもありました。現在も公式プロフィールの趣味に麻雀を挙げ、目隠しした状態で牌を触って種類を当てる盲牌を特技にしています。
学歴と現在の活躍につながるヒコロヒーの経歴
ヒコロヒーさんは大学を卒業していませんが、近畿大学での経験が芸人人生の出発点になりました。
落研での活動や学園祭での舞台、映画やラジオへの関心が、現在の幅広い仕事へつながっています。
大学在学中に養成所へ入り2011年にデビュー
ヒコロヒーさんは近畿大学在学中、学園祭で声をかけられたことをきっかけに松竹芸能大阪養成所へ入りました。
養成所を経て、2011年にピン芸人としてデビューしています。独自の世界観や台詞で魅せる一人コントを中心に活動を続けてきました。
大学時代からデビューまでの経歴は、松竹芸能によるエッセイ集『きれはし』の刊行案内でも紹介されています。
すぐに全国的な人気を得たわけではなく、長い下積み期間を経験しました。その後、日常生活の違和感や人間関係を独自の視点で描くコント、落ち着いたトークが注目され、テレビ出演が増えていきます。
大学時代からの関心は執筆活動にもつながっている
文芸学部で学んだことが、現在の執筆活動へ直接つながったと本人が明言しているわけではありません。
ただ、大学時代から映画やラジオが好きで、芸人になってからもコントの台詞やエッセイで独特の文章力を発揮してきました。
2021年には初のエッセイ集『きれはし』を刊行。短編小説集『黙って喋って』は、2025年に第31回島清恋愛文学賞を受賞しています。
『黙って喋って』は、現代のさまざまな恋愛模様を18編の短編で描いた作品です。恋愛にまつわる微妙な感情や言葉を巧みに切り取った点が評価されました。
現在はテレビ・ラジオ・執筆で幅広く活躍
2026年7月時点のヒコロヒーさんは、テレビやラジオ、コラムなどで幅広く活動しています。
テレビ朝日系『キョコロヒー』公式サイトには齊藤京子さんとの出演情報が掲載され、TOKYO FMでは『トーキョー・エフエムロヒー』のパーソナリティーを担当しています。
大学を卒業したわけではありませんが、大学時代に起きた偶然を仕事へつなげ、長い下積みを重ねて現在の立場を築きました。
知的な言葉選びや文章力が注目される理由は、学校名だけではなく、映画や本、ラジオなどに親しみながら積み重ねてきた経験にもあるのでしょう。
ヒコロヒーの学歴に関するまとめ
ヒコロヒーさんの学歴と、学生時代から芸人になるまでの主なポイントは次のとおりです。
【学歴トピ!まとめ】
- 最終学歴は近畿大学文芸学部芸術学科中退
- 出身高校・中学校・小学校の名前は非公表
- 高校卒業後はガソリンスタンドへの就職を考えていた
- 高校の先生と両親の勧めで近畿大学へ進学
- 大学の落語研究会と学園祭が芸人になるきっかけ
- 松竹芸能大阪養成所を経て2011年にデビュー
- 大学時代は麻雀に熱中し、留年したと報じられている
- 現在はテレビ、ラジオ、執筆など幅広い分野で活動
ヒコロヒーさんの学歴は近畿大学中退ですが、近畿大学での経験が芸人人生の出発点になりました。
何げない出会いや経験をコント、トーク、文学へ変えてきた表現力が、現在の幅広い活躍を支えています。
